江別市では、非常にコシの強いのが特徴の「ハルユタカ」という麦の品種を栽培していた。たんぱく質の含有量が多く、小麦粉にすると強力粉に近い特性を持つ。また,外国産と比べるとでんぷん質も多く、パンや麺に加工するともちもちとした食感になる。そのため、以前から全国からの需要が多い人気の小麦だった。
春に種をまくと豊かに実ることから「ハルユタカ」と名づけられたこの品種は、収穫期である夏に雨が長く降ると、赤カビ病にかかったり穂が発芽してしまったりして、収穫や品質が一気に落ち込んでしまうという欠点があった。実際にこうした被害が多く出たことから、栽培を見送る農家が増え、栽培面積は減少の一途をたどっていた。
「ハルユタカを“幻の小麦”で終わらせたくない」との思いから、小麦農家の片岡弘正(現江別麦の会会長)氏は様々な方法での栽培試験を試みるが、偶然にも雪が降る前に畑にこぼした種から育った苗が、ぐんぐんと元気に育つのに気がついた。
こうして1992年、ついに雪が降る前の11月に種をまく「初冬まき」の方法(従来は春まき)にすることで、雪解けと同時に生育が始まり、病気などの被害を受けにくく育てる方法を確立した。
結果的には、単位面積当たりの収穫量が春まきの2倍に高まった。その後、片岡氏が指導農合士となって初冬まきの普及活動に取り組み、栽培農家数も作付面積も徐々に増えていった。
次に取り組んだのは、栽培が増えたハルユタカの特徴を活かした加工品の商品化。98年には江別市内で小麦を使った「第一回全国焼き菓子祭り」を開催したが、この際に生産者、製粉業者、加工業者、関係機関、学術機関などで構成される「江別麦の会」が設立された。この会が中心となり、様々な加工商品の試作が始まった。
しかし、小麦の加工品を作るための製粉にも大きな問題があった。それは国内の製粉業は大規模化が進んでおり、従来の製粉プラントでは原料小麦が一度に20~25トン必要で、地元の小麦だけでは製粉の最小ロットに満たず、他の小麦と混ざったものになってしまうこと。少ない収穫量の小麦を製麺する専用の機械がなくては、どんなにハルユタカの品質が優れていても、その特性を生かした製粉、それを使っての商品化にはつながらない。
そこで、麦の会のメンバーである江別製粉が、1トンからの少量でも製粉が可能なプラントの独自開発に取り組んだ。こうして、江別で栽培されたハルユタカ100%の小麦粉を作ることができるようになり、それを使っての商品化に取り組むことが可能になった。
◆自分たちの小麦でラーメンを作りたい!
待望の小麦粉ができたとき、江別麦の会のメンバーは様々な商品化を考える中で、「北海道といえばラーメン。地場産のコシの強いハルユタカでラーメンを作りたい」という考えが高まった。そこで、地元製麺業者の(株)菊水や飲食店などもメンバーに加わってもらい、2002年に地域内の異業種交流組織「江別経済ネットワーク」を発足し、その中に「江別ブランドラーメン部会」を作って取り組んだ。
菊水は試行錯誤を重ね、何度も試食を繰り返し、ついにハルユタカとホロシリコムギ(いずれも江別産100%)を配合し、讃岐うどんの手法を取り入れて、コシの強いラーメンを開発することに成功した。
04年4月に生麺タイプを江別市内のみで販売したが、爆発的に売れたため、9月には札幌市の一部量販店にまで拡大、同11月からは「低温熟成 寒風乾燥法」による日持ちのする乾麺(寒干し麺タイプ)で全国での販売を開始した。
また、パッケージには江別市の小学校を対象とした絵画展などで優秀賞に輝いた絵などを採用している。さらに、江別市内でハルユタカを生産している生産者の代表メンバーもパッケージに登場している。
このご当地ラーメンならぬ“産地麺”は、04年に市内飲食店で提供されることになった。その際、ラーメンだけではなく、パスタ風やサラダ麺用としても利用されるなど、メニューが多様化したため「江別小麦めん」とすることにした。現在では市内約20店舗の飲食店で100種類以上のメニューが提供されている。結局、「江別小麦めん」は年間約100万食強を売る大ヒット商品となった。
家庭でも調理して食べることができるように、市内食料品店で家庭用商品の販売も始まっているが、専用の手打ち式麺工房でつくっている特別限定商品は、江別市内だけの販売。通常の製麺機で作っている全国流通用の商品と差別化している。
◆“オール江別”の取り組みで、経済波及効果増!
「江別小麦めん」は、小麦の栽培から製粉、麺の製造まで“オール江別”という点にこだわり続けた取り組みといえる。この麺を学校給食に使い、パッケージには子供たちの絵を採用し、市内限定の商品化でメニューを導入するなど、江別市全体で取り組んでいるのが、最大の特徴である。
江別での取り組みが単なる“ご当地ラーメン”と異なっているのは、取り組みの中心が「地域産の小麦で作った麺」であることから、この麺をベースに、様々な食に波及していることにある。しかも、江別小麦めんメニューは、市内でしか食べることができないため、市内の飲食店に訪れる人が増加するという効果も出ている。
これらの取り組みにより江別市内のハルユタカの栽培面積は、平成10年35ヘクタールから平成19年度には559ヘクタールと、10年間で16倍にも急拡大した。さらに、菊水による平成18年度の江別小麦めんの販売量は260万食に拡大、江別製粉が開発した小型製粉プラント F-ship(オーダーメイド小麦粉生産システム)には、全国から地域や生産者、品種、栽培方法などを限定した「オリジナル小麦粉」の製粉依頼が急増するなど、参加企業の売上拡大による地域産業の活性化にも大きく寄与している。
農業をきっかけに、地域全体の活性化につながった好事例ということができる。
(文章:ブランド総合研究所 田中章雄)
※この記事は「月刊商工会」の連載記事「注目!地域ブランド」の記事として、2011年1月号に掲載されたものです。
“幻の小麦”のラーメン~ 江別麦の会(北海道江別市)
2014年06月08日更新
江別市では、非常にコシの強いのが特徴の「ハルユタカ」という麦の品種を栽培していた。たんぱく質の含有量が多く、小麦粉にすると強力粉に近い特性を持つ。また,外国産と比べるとでんぷん質も多く、パンや麺に加工するともちもちとした食感になる。そのため、以前から全国からの需要が多い人気の小麦だった。
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