水出しで淹(い)れた緑色の冷たいお茶をシャンパングラスで飲む。こんな新たな取り組みをしているのが、三重県の「伊勢本かぶせ茶」だ。
国内第3位という大産地であるにもかかわらず、お茶の産地として三重県はあまり知られていない。その理由は、かつては「宇治茶」という名前で取引されることが多かったからだ。
ところが、産地の表示の問題があり、「宇治茶」として売ることが難しくなってきた。つまり、自らの地名を冠した新たな独自ブランドで売らなくてはならなくなったのだ。そこで産地は、「伊勢茶」としてのブランド構築に乗り出したのだ。
産地である四日市市水沢での栽培方法の特徴は“かぶせ”。三重県北部の山々に囲まれた標高300メートルの高地に広がる茶畑で伊勢のかぶせ茶が栽培されている。高地だからこそ昼夜の寒暖の差が大きく、それがお茶を美味しくする。
かぶせというのはお茶の葉の収穫前の一定期間、茶畑に黒いネットをすっぽりとかぶせ、日光を遮断してしまうという栽培方法のこと。覆いをかぶせられた葉は少ない光を最大限に取り込もうと、葉に光合成の元となる葉緑素の密度を高める習性がある。これが茶葉の質を高める。
さらに、茶葉に含まれている旨み・甘み成分の「テアニン」というアミノ酸が、光合成によって渋み成分の「カテキン」に変化する。覆いをかぶせることにより、この変化が抑えられるため、かぶせで作られたお茶は、一般的な煎茶よりも「テアニン」が多く残り、旨み・甘みが強く感じられるお茶になる。
◆最高級茶「伊勢本かぶせ茶」をブランド化するには
この製法は、高級茶葉として名高い「玉露」と同じ製法。玉露は18日間に及ぶ被覆で、じっくりと旨み・甘みを引き出す。ところが被覆の日数が長いと樹木に対する負担も大きくなり、結果的に年に1度だけの収穫しかできない。そのため価格も非常に高くなってしまう。
伊勢ではこの被覆時間を14日以上とやや短縮することで、旨み・甘みを最大に引き出しながら、年に2回の収穫を可能とした。その一番茶として玉露に劣らない味のお茶が「伊勢本かぶせ茶」で、二番茶の収穫が出できる分だけ値頃感のある価格で提供することに成功したのである(二番茶は伊勢本かぶせ茶とは称しない)。
この伊勢本かぶせ茶を新たなブランドとして世の中に認知してもらうにはどうすればいいか。水沢茶農協の担当者はさまざまな方法を考えた。その1つは、「本場の本物」として認定されることだ。
本場の本物とは、その土地において伝統的に培われた「本場」の製法で、地域特有の食材などの厳選原料を用いて「本物」の味をつくり続ける。そんな製造者の原料と製法へのこだわりの証となる地域食品ブランドの表示基準のこと。現時点で19品目しか認定されていない厳しいこの基準への認定を目指し、みごと平成19年度に認定をうけることができた。
ただ、認定を受けただけではお茶が売れるようにはならない。ペットボトルのお茶の普及により、お茶の消費は増えているようにも見えるが、核家族化が進み、若い世代がお茶を淹れる機会が減ったことから、質の高いお茶葉の需要は年々低下している。消費が低迷する中で新しいブランドである伊勢本かぶせ茶が受け入れられるには、そのほかのお茶にはない特徴を明確にすることが必要である。
平成20年に水沢茶農協の中で新たにブランド戦略を検討するチームを立ち上げ、伊勢本かぶせ茶の本格的なブランド戦略が開始された。何度も会議を重ねた結果、そこで新たな方向性として以下の3つの戦略に絞り込んで実施することになった。
- お茶の品質基準「i-GAP」を新たに設定する(品質の向上と管理)
- 水で美味しく淹れられる「sui-cha」の商品化
- 水出し茶「sui-cha」の提案と普及
GAP(ジーエーピー)とは「適正農業規範(Good Agricultural Practice)の頭文字で、「いい農業のやり方」のこと。安全・高品質な農産物を消費者に届けるとともに環境負荷の低減を行うことが目的で、農産物生産の各段階で生産者が守るべき農場管理をまとめた基準である。農産物の安全、環境への配慮、作業者の安全と福祉などの視点から構成されていて、国際標準となっている欧州GAPを規範として、いま全国で広がってきている。伊勢茶でもこれを見習おうと独自の基準作りを行っているのが「i-GAP(伊勢茶GAP)なのだ。
◆特徴を際立たせることがブランド化に不可欠
2つめの取り組みが「sui-cha」の商品化。伊勢本かぶせ茶の特徴は淹れたときのお茶が緑色で美しく、そして甘みと旨みが強いこと。特に低い温度のお湯で淹れるとその特徴が強く出る。この特徴を究極に出すための方法が「水で淹れる」ためのお茶を商品化することにした。
お茶を水で出すために、長い時間かけてゆっくりと出すような茶器があるが、彼らが選んだのは急須に入れて3分間ぐらいで出してしまうという方法。本当にそれで味が出るのか?との心配は不要。かぶせ茶ではそんな短時間でも十分に味も色も出るのだ。
さらに、この水出しを普及させるために、展示会での試飲会では冒頭のようにシャンパングラスに入れてサービスしてみた。すると、鮮やかな緑色がシャンパングラスと妙にマッチ。グラスを口元に近づけると、まろやかな香りが漂い、口に含むと旨みと甘みが一気に広がってくる。特に甘みはお湯で淹れたお茶では経験したことのないほど強い。「このお茶、本当にお水だけで淹れたんですか!?」と驚いて聞く人が後を絶たない。
いま、需要が低迷し、売上が落ち込んでいるのはお茶だけではない。人口減少という流れの中で、今後も需要は減少の一途をたどることになる。その中で生き残るには、新しい需要を発掘するしかない。お湯ではなく水で出すという発想のように、これまで考えなかった新しい提案と、思い切った試みが望まれている。
(文章:ブランド総合研究所 田中章雄)
外部リンク:SUI-CHA(伊勢本かぶせ茶・水沢茶農業協同組合)
※この記事は「月刊商工会」の連載記事「注目!地域ブランド」の記事として、2010年8月号に掲載されたものです。